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茅原先生(↑のリンクの方)ワタシノ師匠。

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やす

Author:やす
はじめましてやすです。私のちんけな日常を公開しちゃうぞー!!*(^0^)ミニミニ絵画を毎日制作中!!絵をどうぞ見てやってください。
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山○さんと仲間達

絵をかくこは変なことです。そして、私も含めみんなユニークです。
久々に山○さんにばったりあいました。友人の個展のパーティーでです。
友人のパーティーはアコーディオン奏者の方がいらっしゃっていまして、小さい頃の作品から最近までの20年余りにわたる制作を見せていただきました。今と全然違う頃の作品も見れて私は楽しませていただきました。
久々の山○さんもとっても素敵な絵をおかきになっていました。
生意気な子豚を静かに見つめて笑ってくれるのでした。
これからエスキースが油彩に変貌していくとまた楽しみです!!
しおれそうな私を頑張る人は励ましてくれるのです。
そして沢山の同級生に会えました。
地元へと帰るとおっしゃっていた方、進学する方、仕事を一生懸命頑張っている方、彼氏が出来た方、それぞれの近況を教えてくださりました。
皆さん見えないところで苦労もあるでしょうが笑っていました。
あえて良かった!!本当にありがとうございました。
沢山の方に感謝しております。ありがとうございました。

アホのあたし

サムゲタン屋の前まで行く。乗り気じゃない友達を無理やり引き込むのも身が引けるわけで。
サムゲタンは1人で食べるか〜。
1人はきついから今度こそ強引に引き込む計画。
なんて考えている。

私は大ばか者で領収書を捨ててしまった。バカだ。
それによりいろいろ問題が何より心労が・・・。
アホの責任をひしひしとかみ締めている。
私は掃除もするが余計なこともする。
ほしい物もすててしまうのだ。
これには参った。未読メールの削除から始まりチケット、鍵、お金を捨てたことがある。
嫌だわこんなの。
よく捨てられなくて・・・・・という方の気持ちが分からない。
とまではいえないが、そういう人がいたら私を呼んでほしい。
容赦なく片す。とはいえこんなアホも捨てずにランドセルなんてとってある。
私は小学生からシンプルがよかったのか流行にながされなかったのかランドセルに一つもシールもはらず意外と綺麗なのだ。ふけた小学生だったといえる。
よく「生意気ね〜。」
といわれたが、今は、
「生意気なのに幼いね〜」に変わった。
つまり小学生から変わっていないということか???

丑の日。
ウナギ食べた。国産ウナギをいただき!!
奮発して100年以上の老舗のウナギ屋さんで友人と食べてしまいました。
これで夏を乗り切れるぞ。
そのウナギ屋さんの前には石像があり毎朝頭を下げて通る。
なんかかっこいいお地蔵様なのだ。
身がしまっていてくどくなくて美味しかった。
ありがたや。ありがたや。

忘れる魔法

私は人のために何かしたいことに気付いた。
自分のことを考えてあれこれ言うのは何かうつわが小さくて嫌だ。よく人の悪口を言い自分が傷つくのは苦痛だと周りが悪くて自分は正しいと思うが果たしてそうだろうか。たぶんそんなにみんなタフじゃないだけだ。困っている人を助けることは面倒ではないし出来る事をやろうとすることは難しいけれど気持ちの持ちようだ。あれがあって忙しい、これが合って忙しい、よく言うが手を出したものは最後までやるこれは絶対だ。最後は自ずと分かるものだから無理やり自分では決めてはいけない。大抵不平を言う方は困っている人だろう。それか悪い癖。悪い癖はあえて違うんじゃないとは言わない。言ったって痛みの無い人は余計に腹を立て嘘、大袈裟紛らわしい情報を流す。
私はつい最近まで穏やかではなかった。
こうして疲れたということもまた夢のようなことなのだ。

漂白剤

私はあまりこだわりがないがこだわりだすとああだこうだうるさいのだ。自分は図太いと言っているが本当にそうなのだが、本当はいろいろ自分にとって何が好きか判断しているようだ。食べ物で言えば、人が美味しいといえば美味しく感じるし不味いといっても美味しく感じる。だからと言って味覚おんちというわけではない。つまりこだわりを通すのにも限度があるしどこまで自分の好きなものを主張するかも限度がある。
その点、私は主張することが嫌いなので特定の人以外には主張しない。あまりうるさい人は大切だが私の求めている自分とは異なる。面倒だからあたしは何を食べても聴いても基本的にプラス思考だ。それって本心を明かさないってことですか。という疑問もでてきてしまうが本心から美味しいか不味いかなんて言っていたらたいていが普通と答えるしかないのだろう。私は本心から美味しいと思うから美味しいといっているのだが。本心から美味しいというのにも人によって自分の中のラインが違うのだろう。口がこえればこえるほど基準が変わってしまうのもある。そうしていったら一流の味覚と共に口うるさい頑固じじいの誕生も予測される。小さい頃に初めての物を食べる時の驚きや感動を生きていくうちにマンネリ化して、その感動を求めてどんどんどんどん未知なるものへ挑戦し、ああだこうだいいたくなる。しかし幼い頃の味が忘れられないのはその感動に勝るものがないからだろう。私はおばあさんになっても何回同じ物を食べても美味しいと思えるようにしておきたい。私の基準は幼稚園児以下でキープしていたいのだ。
こないだ友達に話したが、「エッピーは嫌いなのないね。」というから、「かりんとうの見た目が嫌だ、エビフライ以外全部嫌いだ」といった。特に嫌いな物がない場合、特に好きなものとそれ以外という基準に分けただけである。ここまでこだわりがない人はいないだろう。

安藤栄梨

今日は那須に行った。
空気が綺麗だったが田舎の香水の香りがした。
水も冷たかった。
しかし雷で停電になり、さらに若い夫婦vs若い男性が怒鳴りあいの喧嘩を始め・・・
久々にホントにいかっている人を見た。店員さんが大量に集まりどうにか離し、収まった。
他人の喧嘩は悪いが面白い。
嫌ね〜と言いながら見続ける野次馬さんがたくさんいた。
私から見るとなぜあんなに怒るのか他人事なのでバカバカしく感じるが当人達は譲れない何かに触れたのか、血の気が多く騒ぎたいのか。     
分からん。                                                                       

久々に

二人展web

9月展示DM  9月の2週目代々木駅徒歩2分で展示をやらせてもらいます。来てね


決まりへの申告。


不安だと言い訳をして何度も気持ちを隠そうとごまかしてしまう。
ごまかすとごまかした分の言い訳をまた作り出す。
始めにごまかした以上に、ごまかした事がもたらした矛盾を自分だけ知らないままいきている。
裸の王様。
みんなに褒められて真実を告げる者はいったい誰。
不安は不安を呼ぶ。
おいでおいでこっちだよ。
自分が見えないのに人の言うことにうぬぼれているから不安なのか。 
顔なしか。
言ったことは最後までやる。
単純でごまかせない難しいこと。
言い切れないからごまかしてみるのか。
遅刻する。間に合っても宿題をやっていかない。
そういうことが一生続くのは信頼を試すテストだからか。


アルバムさん

常識と秩序に従うことは大切ですが絵では本当の自分をさらけ出して構わないのです。
人と違うことをしていないだろうか。
絵ではそんなことはむしろしていないならば自分との対話をごまかしていることになり、自由に描いていないことがばれちゃいます。
このさらけ出すことが大人になるとできなくなってしまうから難しいんです。
子供の絵は自由で良い。
なんて言いますが子供は自然に無邪気になれるから自由なんですかね。
だから自由に描くってすごいことなんですよ。
自分に制限を自分以外の意図によって加えられたことも感じていないのは社会に従い生きてきたからでしょうが、自分の好きなこと、特性、絶対に嫌なこと、トラウマ、その原因を追究すると絵の好みも思い出の中から、埋まっていた大多数の土の中から徐々に浮き上がってくると私は考えています。
だから本当は絵は分からない人はいないんですよ。
何が好きか。何を見たいか。
意思、欲望があれば絵も日常と同じで見て考えられるものじゃないでしょうか。
どんな絵も物もすぐに頭から抜けていくし面白いなんて思わないという方はたぶん今の自分自身が一番美しいのかもしれませんね。
自己ほど愛せる対象が見れないのかもしれません。
鏡の前の自己の顔はじっくりみますが他者の顔を見てもつまらないかもしれません。
綺麗と美しいは違う。
美は鏡の前の顔から離れて違う物に夢中になった時に気付かぬ間に起きるものでしょう。
懐かしい思い出は写真やビデオを見ている時ではなくその映っていた時に何かを夢中でしたから感じられる。
その時の自分の顔は見えないのです。本当に美しい自分とは見れないものだから自分を尊ぶのがナルシストでしょうか。
無限の自己の美が想像できるから。
しかし絵描きは皆ナルシスト。自己表現、自分の中から掘り出す美をわざわざ苦しみながらも出そうとするのだから。
風景画家は風景に自分の心の中にある、何かを風景を見てその人だけに解る風景、思いをたくしてしまう。
無意識にしみ出してしまう。
自分の一番隠したい部分を絵描こうとしているんです。
と言った方がいましたがそこまで見つけるまで自分を掘り下げることが出来ることに私はどれだけ苦労をしたのか、考えてしまいます。素敵な人だと感じました。
絵を描くとはこういうことかもしれないな。
と思いました。

私とヒール

私は汚い黄色のスニカーを履いている。
私は汚いスニカーで月に半分エルメスの階段を上る。
ヒールの丈で切ったズボンをまくって電車に乗る。
似合わない場所に汚いスニカーは恥もせずまた汚れようとするのである。
スニーカーで行ったらヒールに履き替える。
私のヒールったらあの汚いスニカーの5分の一の値段なのにちっとも汚れやしない。
綺麗なままだ。
あの汚いスニカーはいつ捨てれば良いのか分からないんだ。

DM完成

どうにかこうにかDMが完成しました。
皆様にまたお送りします。
近々載せます。どうか宜しくお願いします。

9月の2週目に ギャラリー代々木で展示させていただきます。
代々木駅から徒歩2分の可愛らしいギャラリーです。

顔バーガーを見ながらハンバーガーなんて如何でしょうか。

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